ワレンベルグ症候群~急性期~
2024.09.09
初めて聞く病名
ワレンベルグ症候群と診断された。助産師でありながら…
知らない病名でした。
とにかく眠ったのです。眠れたのです。
目覚めると頭痛がして痛み止めを飲みましたが、のみこめないでむせていたことは覚えています。
私はベッドから起き上がれなかったので、医師の説明は妹が聞いてくれました。妹は、恐ろしいことは言わずに普段通りに接してくれました。
そして、数日後に妹が詳しい資料を調べて持ってきてくれました。
目がまわるので、片目を開けて調子の良い時間に読みました。
小脳梗塞(ワレンベルグ症候群)
ワレンベルグ症候群(別名:延髄外側症候群または後下小脳動脈症候群)は,椎骨動脈または後下小脳動脈の閉塞が原因で,最終的に外側延髄の梗塞に至る神経学的疾患。脳幹のこの領域に発生した脳卒中は、様々な障害をもたらし、患者は一般的に運動障害、感覚障害、認知障害、知覚障害、言語障害を呈すると言われています。
私の場合は、椎骨動脈に剥がれた血管壁が詰まったことが原因だと言われました。
ジェットコースターで首を打ったり、マッサージチェアなどで起こりやすいそうです。私の場合は、その両方に当てはまりませんが…
それから約1週間程、絶飲食で24時間持続点滴で生き延びました。食べることが大好きだったけど、不思議とお腹も空かない。とにかく眠るだけ…で1日が過ぎていました。
絶飲食からゼリー食
やっと「ゼリー食」が開始と聞いて、どんな食事?と、お椀の蓋を開けるとゼリーが1個。
え~!と思ったけど、これが飲み込めないのです。嚥下がうまくいかずにむせてしまうのです。泣きそうになったけど、ゼリーを退治しなければ次のステップにはいけないから…
担当の看護師さんが「今日はやめときましょうか?」と声かけしてくれても、「もう少し頑張ります」と、1時間かけて完食!つきあってくれた看護師さんには感謝です!
これを数日繰り返し、やっと粥食になりました。これほどに、食べれることが幸せなことだと、感じたことはありませんでした。
もう、時効だから書きますが…この頃から、お見舞いにくる同僚に大好きなプリンを持ってきてもらって、コソッと隠れて食べていました(笑)
家族のありがたさ
助産師学校を卒業してから一人暮らしが続いており、実家に帰るのも年に1回程でした。
だから、妹に会うのは久しぶりだったけど…
優しかった。マンションの管理もしてくれたし、病院の枕が眠れない(実際は眠っていたけど)と言えば、いつも使用している枕をマンションまでとりに行ってくれました。
妹の家から病院までは車で1時間半かかるけど、毎日通ってくれました。
病気になったから、家族のありがたさに気づくことができたことも、大きな収穫の1つです。
ワレンベルグ症候群について、今聞くと、怖いと感じますが、理解力も低下していたのかもしれません。
失ったものは何にもないと前向きな気持ち
私の場合は、「障害」ではなく、「運動失調」と半身「感覚(温度)障害」」が残りました。
障害ではなく失調ということは…回復して元通りに働けると思っていました。
元通りの生活ができると思っていたのです。
現状を受け入れるどころか、未来しか考えていなくて…
なんの心配もしていませんでした。
そう…
この時の私は、得ることはあっても、失ったものなんて何にもないと思っていました。
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